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沖縄論考

日本と沖縄のことについて考えていきます。

「基地負担軽減」というまやかし

歴代の内閣は、基地に関連する事故や事件(例えば、1995年の少女暴行事件や2004年の沖縄国際大学へのヘリ墜落事件など)が起き、沖縄人の基地に対する反発・反対が高まるたびに、「基地負担の軽減に努める」ことを打ち出しだしてきた。

 

政府内にも、沖縄の経済振興と基地負担軽減について話し合う「政府・沖縄県協議会」が設置され、全国知事会にも、「沖縄の基地負担軽減について話し合う会議」が設けられた。国会内にも、自民党議員により、「沖縄の基地負担軽減をみんなで考える有志の会」が設立され、定期的な会合や沖縄への視察が行われている。

 

しかし、残念ながら、「基地負担の軽減」という考え方で、沖縄に対する過重な基地負担の押しつけが、現実に解消されることはないであろう。

 

そもそも、「基地負担の軽減」が到達しようとしているゴール、目指す理想の状態とは何であろうか。

 

「軽減」とは、「今より軽くなる」ということであり、現在沖縄に押し付けられている米軍基地が50%、25%削減されたら、それは「軽減した」と言えるが、5%、0.5%、あるいは0.05%しか減らなくても、「軽減した」と言えなくはない。いや、論理的には「軽減した」と言えてしまう。

 

事実、少女暴行事件の翌年の1996年に、日米両政府間で合意された「SACO最終報告」や米軍の「再編計画」に基づき、普天間基地、牧港補給地区など、嘉手納以南の複数の施設が返還されることが決まったが、いずれも、新たにその代替施設を沖縄県内に建設することが返還の条件とされており、それによって沖縄の基地の負担率は差し引きで0.7ポイントしか減らない。

 

高江ヘリパッド建設で揺れる北部演習場の返還についても、同ヘリパッド建設が返還の条件であり、嘉手納以南の返還と合わせても、沖縄の米軍専用施設の負担比率は、現在の約75%から約70%に減るだけである。

 

これが、「基地負担の軽減」の目指しているものだとするなら、それは、「沖縄に対する過重な基地負担の押しつけをやめる」という考え方とは全く別な話である。上記の負担軽減策が実行されても、依然として面積比0.6%の沖縄に、全国の約70%もの米軍専用施設が押し付けられていることになり、沖縄県民の過重な負担に変わりはない。

 

そもそも、返還した施設に変わる新たな代替施設を沖縄県内に建設しようとしていることを見れば、日本政府に沖縄の過重負担を本気で解消しようという意思のないことは明らかである。

 

穿った見方かもしれないが、「政府も沖縄のために精一杯努力している」ということを示すポーズに過ぎないとも見える。

 

また、そもそも、沖縄人の土地であったものを強奪して、その上に基地を作り、さらには、「本土」にあった基地までも沖縄に移すことによって、今の「過重負担状態」が作り出されたという歴史を振り返れば、「負担軽減してあげますよ」という考え方そのものが根本的に間違っている。

 

奪ったものは返されるべきである。そして、過重負担は「軽減」されるべきものではなく、「解消」されなければならない。

 

以上のことから、「基地負担の軽減」というやり方では、沖縄への過重な基地負担の押しつけをやめることは不可能であると考える。