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沖縄論考

日本と沖縄のことについて考えていきます。

沖縄に基地を押し付ける「本土人」(1)

沖縄県の県土面積は日本全国の0.6%を占める。そこに、日本全国の米軍専用施設の約74%が集中している。この度、県北部にある演習場の広大な土地が返還され、いわゆる「負担軽減」が実現するが、それでも負担比率は71%までしか減らない。

 

なぜ、沖縄にこれほどまでに多くの米軍基地が集中しているのか。「本土」の人間の多くは、そこには「やむを得ない事情」があると考えている。その理由としては、

 

①中国への備えなど、日本の安全保障上の必要性から、地政学的優位な沖縄に、米軍基地を集中させざるを得ない。
②沖縄経済は米軍基地に依存しており、基地がなくなると沖縄自身が困る。
③米軍基地をどこに置くかは米国の意向によって決まる。日本に決定権はなく、従わざるを得ない。
沖縄戦や米軍占領などの歴史の流れの中でそうなった。やむを得ない。

 

などが挙げられる。

 

「本土」の人々の多くは、一部地域を除けば、自分達の住む町に米軍基地を抱えておらず、基地問題そのものが身近でないため、基地に関する話題にはおおむね無関心であり、何かのきっかけで多少の関心を引いたとしても、所詮は「遠い沖縄の話」であり、自分とは関係ない、他人事であるように感じており、深く掘り下げて考えることもしない。

 

そして、「なぜ沖縄に米軍基地がここまで集中しているのか」と問われたら、大部分の人は、上の4つのどれかを答えて済ませようとする。

 

しかし、現実には、これら①~④の理由は、沖縄に74%もの基地を集中させる理由としては成り立たない。

 

①について言えば、沖縄に置かれている米軍基地面積のうち、約7割を占める海兵隊の施設については、軍事的な観点からは、沖縄に置く必要はないことが、日米の専門家の研究や政治家の発言からも明らかになっている。沖縄県以外の「本土」のどこかの県に置いても、海兵隊の機能は維持することができ、軍事的な観点から、海兵隊基地が沖縄になければならない理由はない。

 

すなわち、移設問題で揺れる普天間基地も、辺野古に移さなければならない理由は、本来なく、他にいくつもの選択肢があり得るのである。

 

歴代政府がそれでも「沖縄県内移設」「辺野古移設」に固執するのは、「本土のどこにも受け入れ先がない(自治体、住民ともに受け入れたがらない)」という「政治的な理由」による。

 

辺野古移設が、普天間基地の危険性除去を実現するための唯一の選択肢」という、安倍政権の唱えるお題目は、実際には「嘘」であり、辺野古移設は、辺野古以外に選択肢がないからそうするのではなく、辺野古以外の選択肢を、「本土」の民意を背景に、【意識して採らない】という主体的な意思決定に基づく行動である。

 

そして、安倍政権のそのような行動を、過去3度に及ぶ国政選挙の度に支持し、政策として実現させているのは、我々「本土」の国民である。

 

沖縄に米軍基地の負担を押し付けているのは、「本土」の人間である私たち自身なのである。

 

では、海兵隊以外の基地、例えば、「極東最大の空軍基地」と呼ばれる嘉手納基地はどうか。嘉手納基地については、普天間などの海兵隊基地と異なり、沖縄のもつ地政学的優位性を背景に、極東地域における抑止力として機能しているとされる。

 

しかし、「故にそれを沖縄に置く」か「そうではあるが、沖縄には置かず、別の地域に置く、もしくは別の安全保障の方法を考える」かは、やはり我々が選択する問題である。

 

地政学的理由とは自然条件のように、人の意思と無関係に存在するものではなく、我々の意思が生み出すものである。

 

この点からも、沖縄への過重な基地負担の集中は、明らかに、我々自身の意思に基づいて沖縄に押し付けられたものであり、そうである以上、我々の意思次第で、それを変えることも可能である。